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第9回

母と娘のずっこけ介護バトルno9
母は、“ほんわか村”の住人

「ふーん、そうかい。」これが市会議員に当選したことを報告したときの母の反応でした。特にうれしそうでもなく、事実を理解しているのかどうかさえ定かではありません。「町内の人たちも、良かったねと言ってくれたよ。」と伝えたときにやっとニヤッとうれしそうに笑ってくれました。

昨年の12月に後援会が設立されて、市議選に再挑戦するための準備が本格的になってからも、わたしは息子と相談して母には言わないことにしました。余計な心配をさせたくなかったからです。でも、わたしたちが言わなくても、3月の末頃に市議選の話が新聞や雑誌で取りざたされる頃になると、病院の人たちの噂話が母にも伝わったらしく、ある日「おまえ、選挙に出るのかい?」と聞かれました。「やっぱりばれたか。」と思いながら、それでもさりげなく「うん、また出ることになったけど、心配いらないよ。」と答えると、「ふーん」と特に心配している様子も気にしている様子もないのでちょっと安心しました。

選挙に出るのだけはやめてくれ!

前回の選挙に出ることになったことを伝えた4年前、「選挙に出るのだけはやめてくれ!」と、母は言いました。

母は、政治ぎらい、選挙ぎらい、市民運動なんかやったって何も変わらない、社会のことを考えるより自分が幸せになるためだけを考えるべきだという、極めて実利主義の人です。小さい息子を預けては、あっちの集会、こっちのデモとかけずり回っているわたしに対しては、随分批判的でした。

そんな母ですから選挙に出るなんてもってのほか、なんとしても阻止しようと、はじめはわたしに対してあの手この手と説得してきました。しかし母も、一度言い出したことはどんなことがあってもやるというわたしの性格を充分知っていたので、最後にはあきらめました。「おまえは、一度言い出したら聞かないんだから・・・」と。

ごめんね、かあさん・・・

今年のお正月頃、母はとても弱っていました。食欲もなく、目はうつろでトイレに行くこともできず、それどころか排便したのさえ自分ではわからないような状態でした。このままではだんだん弱っていって長くないのではないか、4月までもつのだろうかと不安に思ったほどです。

そんな母を見ていて、わたしはなんて親不孝なんだろうと涙が流れて仕方がありませんでした。選挙にさえ出なければ、もっと母の介護も十分にできるはずだし、寂しい思いもさせずに済みます。目の前にいる自分の母親の面倒もろくに看られないで、なにが高齢者福祉だという思いが胸を突き上げてきました。でも、もう後戻りすることはできません。選挙へ向けて、たくさんの人たちが動き始めていました。いまさら出ないなんてとても言えるような状況ではありませんでした。

もう少し見ていてね

いま、母はとても元気になり、食欲旺盛で病院食も全部きれいに食べます。そのせいか、介添えをしてもらえば、トイレにも行けるようになりました。顔色も良くなり、表情も出てきました。相変わらずとんちんかんなことを言ったり、何度も同じことを聞いたりしますが、それはそれで良いのです。母はそれなりに幸せそうです。そんな母を見ていられるだけでわたしはホッとします。“ほんわか村”の住人として母が生きていてくれる、それだけでうれしいのです。「かあさん、あなたのだい嫌いな政治という世界でわたしに何ができるのか、もう少し見ていてね。わたし、一生懸命がんばるから・・・」

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