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「父さんが待っているから、うちに帰る」と、入院中の母が突然言い出しました。父は、15年前に死んでいるのに・・・。母は、一度言い出したら引かない性格なので、不自由な体で、もう帰り支度を始めようとしています。「なに言ってるの、母さん!父さんは、もういないでしょ、とっくの昔に死んだでしょ!」と言ってもいっこうに聞いてくれません。「帰る、帰る。」の一点張り。何がなんだか訳が解らなかったけれど、とにかく落ち着かせなければと思い、「わかったよ、帰ろう。だけどその前に、いろいろ準備があるから、とにかく寝てちょうだい。」と言って、その場は納めました。そんな事を何回か繰り返し、2〜3日過ぎると正常になり、「え、私そんなことを言ったのかい?」とその間のことを全く覚えていません。
これが、母の“まだらボケ”の始まりでした。
退院して自宅に戻ってからも、“まだらボケ”は、何度もやってきました。
ある時、母の様子を見に行くと、顔中、擦り傷だらけなのです。聞いても、どこでどうしたのかぜんぜん覚えていないらしく、要領を得ません。その上、おかしなことばかり言うのです。「夕べ九時頃、七福市場へおかずを買いに行った時に転んだらしい」(市場は遅くても八時で終わるはず・・・?)「今朝十時ごろ、裏のkさんが心配して見に来てくれた」(たしかkさんは、そのころお仕事のはず・・・?)と言う具合です。時間にずれがあるのかもしれないと思い一つ一つ聞いて回ったところ、市場にも行っておらず、kさんも来ていません。それどころか、朝の四時頃に母の方がkさんの家を訪ね、玄関の戸をどんどん叩いたらしいのです。どうやら、擦り傷はその帰り道に転んでできたと思われます。しかし、本人は全く覚えていません。交通事故にでもあっていたら、と思うとゾッとしました。“まだらボケ”による徘徊は、本当に危険です。
こうして何度も“まだらボケ”を繰り返しているうちに、母もわたしもだんだん慣れてきました。初めのうちは、このままずっーとボケの状態が続くのではないかと、不安で不安で仕方がなかったのですが、“まだらボケ”は、2,3日すると正常な状態に戻ることが解ってきたので、その間をなんとかしのげば良いと割り切ることにしました。
そのうち、“まだらボケ”は、突然やってくるように見えて、実は必ず前兆があることがわかりました。ちぐはぐなことを言い出す、普段と違う行動を取りたがる、目がうつろになる、こんな風になったら、要注意です。本人も、「なんだか変だ」と、わたしに連絡してくるようになりました。
さて準備です。おかしな行動や徘徊の恐れがあるので、24時間の監視体制が必要ですが、わたしは仕事があって、夜、付き添うことが出来ません。兄弟姉妹もいなく、頼める親戚もいません。こんな時の力強い助っ人は、「泊まり込みの付添婦」さんです。こういう時のために、お願いしたらすぐ来てもらえるように日頃から頼んでおくことにしました。一日お願いすると1万ほどかかり大出費ですが、母の安全には替えられないと、腹をくくりました。
でも、そういう手段を使えない人は、どうしたらいいのでしょうか?だれが、どうやって、“まだらボケ”の危険から守ってくれるのでしょうか?一人暮らし高齢者対策の重要な課題の一つだと思います。